川上未映子さん。NHKで放送されているトーク番組で川上さんの存在を知り、それから作品は読んでいなかったのですが、図書館でどの本を読もうかと考えていた時に川上さんの名前を思い出し、今回はじめて読んでみました。
冒頭から、主人公である1人の女性を軸にして、その女性から見た世界を「現実」として描いていきます。女性にとっては「ソト」である世界が、特徴的な認識で、しかし「現実」であり、リアリスティックを伴った描写で描かれていきます。読点を多く利用した、連続的で畳み掛けられるような描写も特徴的です。
ところが、作品後半になってはじめて、「他者」が発した発言として、それまで描かれてきた「現実」を真っ向から否定するような考え方の枠組みが登場します。この枠組みは、いわゆる「常識」にのっているものとして「現実」的な考え方だと言うことができ、それまで描かれてきた「現実」がいかにある種の「狂気」を伴ったものであるのか、ということを浮き彫りにします。
この、作中におけるパラダイムの大きな転換とも言うことができるような描写の直後に、「私だけがわかってる。いま舞い降りているこのことがどってんどでんと私だけにわかる美しい音を抱きしめながら、舞い降りていて、それが、この広すぎる夜の中にたぶんちょっとだけ響いてたんやったと思う。」という描写があり、それまでの「現実」の脆さ、非「常識」さを強調しているのではないかと思います。
本作品を読んで、畳みかけるような描写の「力」を感じました。今後も、川上さんの作品や他の作家の作品に触れることにより、文章の持つ「力」を直接的に理解していくことができたらと思います。
2012年3月24日土曜日
「武器よさらば」 - ヘミングウェイ
かなり長めの作品で読了するまで少し時間がかかりましたが、無事に読了することができました。
本作品の1つの特徴として、リアリティのある描写を挙げることができるのではないかと思います。戦場を舞台にした作品だということも原因なのかもしれませんが、進行していく戦争を背景に、戦場だからこそ起こる様々な事件などが臨場感のある形で描写されていると思います。
また、本作品は戦争が進行していくに従って、ストーリーが展開されていく場所が移り変わっていきます。「街」、「湖」、そして「移動中の車中」など様々な場所が登場します。その中で、作品の1つの軸は、主人公であるフレデリックと、その恋人である「キャサリン」の「愛」です。戦争の進行にあわせて、この「愛」も形を変えていきます。
本作品の結末は、必然的に先に述べた「愛」の結末でもありますが、それは決してポジティブに受け止めることができるものではありません。ただ、この結末を「戦争」だけに求めることはできないのではないかと思います。悲劇的結末に、「戦争」が大きな影響を与えたのは間違いないのではないかと思うのですが、「何」にキャサリンは殺されたのか?というのは、本書が読者に与えている1つの問いなのではないかと思います。
ヘミングウェイは他にも、「老人と海」などの作品も発表しています。それらの作品についても、今後触れる機会を見つけていきたいと思います。
本作品の1つの特徴として、リアリティのある描写を挙げることができるのではないかと思います。戦場を舞台にした作品だということも原因なのかもしれませんが、進行していく戦争を背景に、戦場だからこそ起こる様々な事件などが臨場感のある形で描写されていると思います。
また、本作品は戦争が進行していくに従って、ストーリーが展開されていく場所が移り変わっていきます。「街」、「湖」、そして「移動中の車中」など様々な場所が登場します。その中で、作品の1つの軸は、主人公であるフレデリックと、その恋人である「キャサリン」の「愛」です。戦争の進行にあわせて、この「愛」も形を変えていきます。
本作品の結末は、必然的に先に述べた「愛」の結末でもありますが、それは決してポジティブに受け止めることができるものではありません。ただ、この結末を「戦争」だけに求めることはできないのではないかと思います。悲劇的結末に、「戦争」が大きな影響を与えたのは間違いないのではないかと思うのですが、「何」にキャサリンは殺されたのか?というのは、本書が読者に与えている1つの問いなのではないかと思います。
ヘミングウェイは他にも、「老人と海」などの作品も発表しています。それらの作品についても、今後触れる機会を見つけていきたいと思います。
「金閣寺」 - 三島由紀夫
三島由紀夫の作品には以前から興味を持っていましたが、手に取る機会がなかったため、これまでどの作品も読んだことがありませんでした。
そこで、代表作の1つとされる「金閣寺」を読んで見ることに。
読み始めて、まず内省的な文章に驚きました。文章の内容は非常に「狂気」と言えるようなものを感じさせるようなものであるのに関わらず、文章そのものはあくまでも冷静に語っていくような形で進行していきます。
金閣寺の「美」はどこにあるのか。それが本作品が追求している問題の1つなのではないかと思います。表面的な、色あるいは形などに普遍的な金閣寺の「美」を認めるのか、あるいは特別な状況においてのみ、その「美」は表面化するものであるのか、本作品はこの問題を追求しているのではないかと思います。
金閣寺に放火するという行為が持つ「狂気」的なもの、それが本作品からはあまり感じられないと述べましたが、特に本文最後の描写「私は煙草を喫んだ。一ト仕事を終えて一服している人がよくそう思うように、生きようと私は思った。」(p.320)においてそれははっきりと表現されているではないかと思います。
また、主観的には、この描写を作者から読者へのメッセージとして捉えました。「狂気」が「狂気」でない作品から現実へと読者を戻す描写なのではないかと思います。
本作を読んで、三島由紀夫の作品に対する興味をより一層強めることができたので、今後も機会を見つけては他の作品も読んでいきたいと思います。
そこで、代表作の1つとされる「金閣寺」を読んで見ることに。
読み始めて、まず内省的な文章に驚きました。文章の内容は非常に「狂気」と言えるようなものを感じさせるようなものであるのに関わらず、文章そのものはあくまでも冷静に語っていくような形で進行していきます。
金閣寺の「美」はどこにあるのか。それが本作品が追求している問題の1つなのではないかと思います。表面的な、色あるいは形などに普遍的な金閣寺の「美」を認めるのか、あるいは特別な状況においてのみ、その「美」は表面化するものであるのか、本作品はこの問題を追求しているのではないかと思います。
金閣寺に放火するという行為が持つ「狂気」的なもの、それが本作品からはあまり感じられないと述べましたが、特に本文最後の描写「私は煙草を喫んだ。一ト仕事を終えて一服している人がよくそう思うように、生きようと私は思った。」(p.320)においてそれははっきりと表現されているではないかと思います。
また、主観的には、この描写を作者から読者へのメッセージとして捉えました。「狂気」が「狂気」でない作品から現実へと読者を戻す描写なのではないかと思います。
本作を読んで、三島由紀夫の作品に対する興味をより一層強めることができたので、今後も機会を見つけては他の作品も読んでいきたいと思います。
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