東京にはたくさん公園があります。
それは東京に限ったことではないのかもしれないけれど、それでも東京の公園は素敵です。だから、晴れた日には公園に行きたくなります。
この作品「東京公園」では、そんな公園を舞台にして、カメラマンになろうとする青年とその周りの人間関係が描かれます。
未熟であること。分からないということ。青年は様々な向き合い方で目の前にやってくる「現実」に向き合い、少しずつ彼なりの答えを見つけ出して行きます。
「好きな人たちの幸せを望むのは、そこから離れていくことじゃなく一緒に生きていきたいからだ。僕は、あの二人が幸せであってほしいと願っている」(p.239)
その答えは絶対的に正しい答えではないのかもしれません。でも、彼は一度出した答えに対して疑いを持つことはしませんでした。
その結果迎える後味のいい、すっきりとしたエンディング。晴れた日の穏やかな東京の公園からはじまって、同じような情景の東京の公園で作品は終わります。「幻」や「夢」なんじゃないかと思うくらい何も無かったように。
また東京の公園に行ってみようと思います。この作品に描かれているような情景を探しに。
夢のそら
ギター、洋楽、Linux、出かけた際のこと、そして大学生活のことなど思うままに。。
2012年4月22日日曜日
2012年3月24日土曜日
「わたくし率 イン 歯ー、または世界」 - 川上未映子
川上未映子さん。NHKで放送されているトーク番組で川上さんの存在を知り、それから作品は読んでいなかったのですが、図書館でどの本を読もうかと考えていた時に川上さんの名前を思い出し、今回はじめて読んでみました。
冒頭から、主人公である1人の女性を軸にして、その女性から見た世界を「現実」として描いていきます。女性にとっては「ソト」である世界が、特徴的な認識で、しかし「現実」であり、リアリスティックを伴った描写で描かれていきます。読点を多く利用した、連続的で畳み掛けられるような描写も特徴的です。
ところが、作品後半になってはじめて、「他者」が発した発言として、それまで描かれてきた「現実」を真っ向から否定するような考え方の枠組みが登場します。この枠組みは、いわゆる「常識」にのっているものとして「現実」的な考え方だと言うことができ、それまで描かれてきた「現実」がいかにある種の「狂気」を伴ったものであるのか、ということを浮き彫りにします。
この、作中におけるパラダイムの大きな転換とも言うことができるような描写の直後に、「私だけがわかってる。いま舞い降りているこのことがどってんどでんと私だけにわかる美しい音を抱きしめながら、舞い降りていて、それが、この広すぎる夜の中にたぶんちょっとだけ響いてたんやったと思う。」という描写があり、それまでの「現実」の脆さ、非「常識」さを強調しているのではないかと思います。
本作品を読んで、畳みかけるような描写の「力」を感じました。今後も、川上さんの作品や他の作家の作品に触れることにより、文章の持つ「力」を直接的に理解していくことができたらと思います。
冒頭から、主人公である1人の女性を軸にして、その女性から見た世界を「現実」として描いていきます。女性にとっては「ソト」である世界が、特徴的な認識で、しかし「現実」であり、リアリスティックを伴った描写で描かれていきます。読点を多く利用した、連続的で畳み掛けられるような描写も特徴的です。
ところが、作品後半になってはじめて、「他者」が発した発言として、それまで描かれてきた「現実」を真っ向から否定するような考え方の枠組みが登場します。この枠組みは、いわゆる「常識」にのっているものとして「現実」的な考え方だと言うことができ、それまで描かれてきた「現実」がいかにある種の「狂気」を伴ったものであるのか、ということを浮き彫りにします。
この、作中におけるパラダイムの大きな転換とも言うことができるような描写の直後に、「私だけがわかってる。いま舞い降りているこのことがどってんどでんと私だけにわかる美しい音を抱きしめながら、舞い降りていて、それが、この広すぎる夜の中にたぶんちょっとだけ響いてたんやったと思う。」という描写があり、それまでの「現実」の脆さ、非「常識」さを強調しているのではないかと思います。
本作品を読んで、畳みかけるような描写の「力」を感じました。今後も、川上さんの作品や他の作家の作品に触れることにより、文章の持つ「力」を直接的に理解していくことができたらと思います。
「武器よさらば」 - ヘミングウェイ
かなり長めの作品で読了するまで少し時間がかかりましたが、無事に読了することができました。
本作品の1つの特徴として、リアリティのある描写を挙げることができるのではないかと思います。戦場を舞台にした作品だということも原因なのかもしれませんが、進行していく戦争を背景に、戦場だからこそ起こる様々な事件などが臨場感のある形で描写されていると思います。
また、本作品は戦争が進行していくに従って、ストーリーが展開されていく場所が移り変わっていきます。「街」、「湖」、そして「移動中の車中」など様々な場所が登場します。その中で、作品の1つの軸は、主人公であるフレデリックと、その恋人である「キャサリン」の「愛」です。戦争の進行にあわせて、この「愛」も形を変えていきます。
本作品の結末は、必然的に先に述べた「愛」の結末でもありますが、それは決してポジティブに受け止めることができるものではありません。ただ、この結末を「戦争」だけに求めることはできないのではないかと思います。悲劇的結末に、「戦争」が大きな影響を与えたのは間違いないのではないかと思うのですが、「何」にキャサリンは殺されたのか?というのは、本書が読者に与えている1つの問いなのではないかと思います。
ヘミングウェイは他にも、「老人と海」などの作品も発表しています。それらの作品についても、今後触れる機会を見つけていきたいと思います。
本作品の1つの特徴として、リアリティのある描写を挙げることができるのではないかと思います。戦場を舞台にした作品だということも原因なのかもしれませんが、進行していく戦争を背景に、戦場だからこそ起こる様々な事件などが臨場感のある形で描写されていると思います。
また、本作品は戦争が進行していくに従って、ストーリーが展開されていく場所が移り変わっていきます。「街」、「湖」、そして「移動中の車中」など様々な場所が登場します。その中で、作品の1つの軸は、主人公であるフレデリックと、その恋人である「キャサリン」の「愛」です。戦争の進行にあわせて、この「愛」も形を変えていきます。
本作品の結末は、必然的に先に述べた「愛」の結末でもありますが、それは決してポジティブに受け止めることができるものではありません。ただ、この結末を「戦争」だけに求めることはできないのではないかと思います。悲劇的結末に、「戦争」が大きな影響を与えたのは間違いないのではないかと思うのですが、「何」にキャサリンは殺されたのか?というのは、本書が読者に与えている1つの問いなのではないかと思います。
ヘミングウェイは他にも、「老人と海」などの作品も発表しています。それらの作品についても、今後触れる機会を見つけていきたいと思います。
「金閣寺」 - 三島由紀夫
三島由紀夫の作品には以前から興味を持っていましたが、手に取る機会がなかったため、これまでどの作品も読んだことがありませんでした。
そこで、代表作の1つとされる「金閣寺」を読んで見ることに。
読み始めて、まず内省的な文章に驚きました。文章の内容は非常に「狂気」と言えるようなものを感じさせるようなものであるのに関わらず、文章そのものはあくまでも冷静に語っていくような形で進行していきます。
金閣寺の「美」はどこにあるのか。それが本作品が追求している問題の1つなのではないかと思います。表面的な、色あるいは形などに普遍的な金閣寺の「美」を認めるのか、あるいは特別な状況においてのみ、その「美」は表面化するものであるのか、本作品はこの問題を追求しているのではないかと思います。
金閣寺に放火するという行為が持つ「狂気」的なもの、それが本作品からはあまり感じられないと述べましたが、特に本文最後の描写「私は煙草を喫んだ。一ト仕事を終えて一服している人がよくそう思うように、生きようと私は思った。」(p.320)においてそれははっきりと表現されているではないかと思います。
また、主観的には、この描写を作者から読者へのメッセージとして捉えました。「狂気」が「狂気」でない作品から現実へと読者を戻す描写なのではないかと思います。
本作を読んで、三島由紀夫の作品に対する興味をより一層強めることができたので、今後も機会を見つけては他の作品も読んでいきたいと思います。
そこで、代表作の1つとされる「金閣寺」を読んで見ることに。
読み始めて、まず内省的な文章に驚きました。文章の内容は非常に「狂気」と言えるようなものを感じさせるようなものであるのに関わらず、文章そのものはあくまでも冷静に語っていくような形で進行していきます。
金閣寺の「美」はどこにあるのか。それが本作品が追求している問題の1つなのではないかと思います。表面的な、色あるいは形などに普遍的な金閣寺の「美」を認めるのか、あるいは特別な状況においてのみ、その「美」は表面化するものであるのか、本作品はこの問題を追求しているのではないかと思います。
金閣寺に放火するという行為が持つ「狂気」的なもの、それが本作品からはあまり感じられないと述べましたが、特に本文最後の描写「私は煙草を喫んだ。一ト仕事を終えて一服している人がよくそう思うように、生きようと私は思った。」(p.320)においてそれははっきりと表現されているではないかと思います。
また、主観的には、この描写を作者から読者へのメッセージとして捉えました。「狂気」が「狂気」でない作品から現実へと読者を戻す描写なのではないかと思います。
本作を読んで、三島由紀夫の作品に対する興味をより一層強めることができたので、今後も機会を見つけては他の作品も読んでいきたいと思います。
2012年2月21日火曜日
「世界の言語入門」 - 黒田龍之助
以前から言語に興味があり、言語の習得や、「言語」という概念自体についても深く関心を持っていました。しかし、主要な言語の存在を知っているだけで、関心をより深めていく機会をなかなか持つことができていませんでした。
本書では、言語学を専門とする筆者により世界の言語から90言語が選ばれ、そのそれぞれについて短めのエッセイがまとめられています。
英語、フランス語、スペイン語などといった主要な言語はもちろんのこと、話者数や学習者数の少ない言語についてもエッセイがまとめられており、筆者自身がトピックとなる言語について持っているエピソードなどを手がかりに、断片的なものではあるものの、それぞれの言語について知識や「イメージ」を得ることができます。
これらのエッセイは先に述べたように、断片的な内容がまとめられているだけのものだと見ることができますが、一方で言語同士の関連性、類似性などによりそれぞれ相補的なものとして読んでいくことも可能です。さらに、ひとりの筆者によって全ての言語についてまとめられているため、それぞれのエピソードなどの連環を本書の中に見ることができます。
このような本書を読み、学習者数の多い言語と話者数の多い言語は違うのだということ、また日本では学習することが困難な言語も数多くあることなどを理解することができました。
また、筆者は本書の中で「最近の言語学者は、個別言語をたくさん勉強しない。言語学習は2つ3つでよしとして、あとは理論の追求に時間をかける。でもそれでいいのかなあ。わたしにはやっぱり、具体的な言語を学ぶところから、言語学は始まる気がするのだ」(pp.5-6.)と述べています。
この引用部分から、筆者が言語習得を重要視していることを理解することができますが、現時点では「言語学」とまでは言わなくても、言語習得を努力することにより、さらに言語について理解や関心を深めていきたいと思いました。
読後、言語についての興味がさらにふくらんだ1冊でした。
本書では、言語学を専門とする筆者により世界の言語から90言語が選ばれ、そのそれぞれについて短めのエッセイがまとめられています。
英語、フランス語、スペイン語などといった主要な言語はもちろんのこと、話者数や学習者数の少ない言語についてもエッセイがまとめられており、筆者自身がトピックとなる言語について持っているエピソードなどを手がかりに、断片的なものではあるものの、それぞれの言語について知識や「イメージ」を得ることができます。
これらのエッセイは先に述べたように、断片的な内容がまとめられているだけのものだと見ることができますが、一方で言語同士の関連性、類似性などによりそれぞれ相補的なものとして読んでいくことも可能です。さらに、ひとりの筆者によって全ての言語についてまとめられているため、それぞれのエピソードなどの連環を本書の中に見ることができます。
このような本書を読み、学習者数の多い言語と話者数の多い言語は違うのだということ、また日本では学習することが困難な言語も数多くあることなどを理解することができました。
また、筆者は本書の中で「最近の言語学者は、個別言語をたくさん勉強しない。言語学習は2つ3つでよしとして、あとは理論の追求に時間をかける。でもそれでいいのかなあ。わたしにはやっぱり、具体的な言語を学ぶところから、言語学は始まる気がするのだ」(pp.5-6.)と述べています。
この引用部分から、筆者が言語習得を重要視していることを理解することができますが、現時点では「言語学」とまでは言わなくても、言語習得を努力することにより、さらに言語について理解や関心を深めていきたいと思いました。
読後、言語についての興味がさらにふくらんだ1冊でした。
2012年2月7日火曜日
「復興計画 - 幕末・明治の大火から阪神・淡路大震災まで」 - 越澤明
東北地方太平洋沖地震、またそれによって引き起こされた東日本大震災からあと4日で11ヶ月、まもなく1年になろうとしています。
震害に加えて、東北地方から関東地方にかけての太平洋沿岸の地域は、津波による大きな被害を受けました。他にも、首都圏の埋立地などを中心とした地域で液状化の被害なども発生しました。
本書は2005年の発行であり、当然のことながら今回の大震災については触れていません。また、主に建造物が密集している「都市」における復興計画、それも大都市における「復興」の実態について述べています。
しかし、本書の中では次のようなことが繰り返し指摘されています。財政上の問題などにより、復興計画の縮小、または断念が数多く繰り返されており、後年それが「ツケ」として回ってくるということです。
越澤は、関東大震災後の東京市における復興計画について、現在につながるものであるとして肯定的に評価していますが、戦災復興時の都市計画については、その後大幅に縮小され、一部地域における事業のみが実施されたことを批判しています。
平成18年に東京都防災会議地震部会によってまとめられた「首都直下地震による東京の被害想定」(http://www.bousai.metro.tokyo.jp/japanese/tmg/assumption02.pdf)によると、想定されている東京湾北部地震などが発生した場合、山手通り(環状6号線)、環七通り(環状7号線)沿線などを中心に、火災による建造物の消失の被害が想定されています。本書において越澤は、この点について「この結果、木造密集市街地が山手線沿いにベルト状に出現した。今日、東京都の特別区に狭隘道路の拡幅、防災広場用地の買収など、密集市街地における防災まちづくりに大変苦労しながら取り組んでいる」(p.172)と指摘しています。
このような本書における指摘は、東日本大震災で大きな被害を受けた地域における復興、また現在発生が懸念されている、首都直下を含めた地域を震源とする南関東直下地震などに備えた首都の形成を考えていくにあたり、踏まえる必要のあるものだと言うことができるのではないでしょうか。
本書の内容は、これからの「復興」を考えていくにあたって、「復旧」ではなく、今後の都市の在り方を見据えた「復興」を行っていく上で強く参考になるものであるといえると思います。
震害に加えて、東北地方から関東地方にかけての太平洋沿岸の地域は、津波による大きな被害を受けました。他にも、首都圏の埋立地などを中心とした地域で液状化の被害なども発生しました。
本書は2005年の発行であり、当然のことながら今回の大震災については触れていません。また、主に建造物が密集している「都市」における復興計画、それも大都市における「復興」の実態について述べています。
しかし、本書の中では次のようなことが繰り返し指摘されています。財政上の問題などにより、復興計画の縮小、または断念が数多く繰り返されており、後年それが「ツケ」として回ってくるということです。
越澤は、関東大震災後の東京市における復興計画について、現在につながるものであるとして肯定的に評価していますが、戦災復興時の都市計画については、その後大幅に縮小され、一部地域における事業のみが実施されたことを批判しています。
平成18年に東京都防災会議地震部会によってまとめられた「首都直下地震による東京の被害想定」(http://www.bousai.metro.tokyo.jp/japanese/tmg/assumption02.pdf)によると、想定されている東京湾北部地震などが発生した場合、山手通り(環状6号線)、環七通り(環状7号線)沿線などを中心に、火災による建造物の消失の被害が想定されています。本書において越澤は、この点について「この結果、木造密集市街地が山手線沿いにベルト状に出現した。今日、東京都の特別区に狭隘道路の拡幅、防災広場用地の買収など、密集市街地における防災まちづくりに大変苦労しながら取り組んでいる」(p.172)と指摘しています。
このような本書における指摘は、東日本大震災で大きな被害を受けた地域における復興、また現在発生が懸念されている、首都直下を含めた地域を震源とする南関東直下地震などに備えた首都の形成を考えていくにあたり、踏まえる必要のあるものだと言うことができるのではないでしょうか。
本書の内容は、これからの「復興」を考えていくにあたって、「復旧」ではなく、今後の都市の在り方を見据えた「復興」を行っていく上で強く参考になるものであるといえると思います。
2012年2月3日金曜日
「東北 - つくられた異境」 - 河西英通
しばらくレビューを書いていなかったというか、本さえ読んでませんでしたが、これから春休みでもあるので、時間を見つけては読んだ本についてまとめていきたいと思います。
「東北」が「異境」であるのかどうか。
これは、1990年代の東北に生まれた者の視点からは、これまで考える必要もなく「異境ではない」と断言してしまえる問題でした。
本書では、近世における「奥羽」という言葉を受けて、明治維新を挟んで近代日本の変化の中で普遍化した「東北」という言葉をとりまく環境と、それに付随していたイメージを追っています。
当時、「東北」という地域は未開だと考えられており、しばしばマイナスイメージを伴って用いられていました。
そのようなイメージを持たれるようになった原因は何なのか。
河西は、「東北」という地域のまとまりのなさ、歴史的に従属的な地域であった期間が長かったことなどを挙げています。
その後、近代初期における「東北」のイメージを明らかにした上で、河西は自由民権運動やナショナリズムなどが「東北」において果たした役割について述べ、最後に改めて近代における「東北」の捉え方について論じています。
「東北」という概念が、その後どのように捉えられ、さらにこれからはどのような概念として位置づけられていくのか。
本書を手がかりにして考える必要があるのではないかと思います。
「東北」が「異境」であるのかどうか。
これは、1990年代の東北に生まれた者の視点からは、これまで考える必要もなく「異境ではない」と断言してしまえる問題でした。
本書では、近世における「奥羽」という言葉を受けて、明治維新を挟んで近代日本の変化の中で普遍化した「東北」という言葉をとりまく環境と、それに付随していたイメージを追っています。
当時、「東北」という地域は未開だと考えられており、しばしばマイナスイメージを伴って用いられていました。
そのようなイメージを持たれるようになった原因は何なのか。
河西は、「東北」という地域のまとまりのなさ、歴史的に従属的な地域であった期間が長かったことなどを挙げています。
その後、近代初期における「東北」のイメージを明らかにした上で、河西は自由民権運動やナショナリズムなどが「東北」において果たした役割について述べ、最後に改めて近代における「東北」の捉え方について論じています。
「東北」という概念が、その後どのように捉えられ、さらにこれからはどのような概念として位置づけられていくのか。
本書を手がかりにして考える必要があるのではないかと思います。
2012年2月1日水曜日
今日のジョギング(2月1日)
しばらくジョギングの記録をブログにのせていませんでしたが、今日からまたブログに毎日のジョギングについて簡単にまとめていきたいと思います。
<ルート>
自宅
(街路)
鶴巻町
(新目白通り)
江戸川橋
(目白通り)
石切橋
(目白通り)
西江戸川橋
(目白通り)
大曲
(目白通り)
飯田橋
(大久保通り)
神楽坂
(早稲田通り)
牛込天神町
(早稲田通り)
弁天町
(外苑東通り)
早稲田鶴巻町東
(外苑東通り)
鶴巻町
(街路)
自宅
今日はいつものコース。
寒いので、防寒対策に気をつけて明日以降も頑張りたいと思います。
<ルート>
自宅
(街路)
鶴巻町
(新目白通り)
江戸川橋
(目白通り)
石切橋
(目白通り)
西江戸川橋
(目白通り)
大曲
(目白通り)
飯田橋
(大久保通り)
神楽坂
(早稲田通り)
牛込天神町
(早稲田通り)
弁天町
(外苑東通り)
早稲田鶴巻町東
(外苑東通り)
鶴巻町
(街路)
自宅
今日はいつものコース。
寒いので、防寒対策に気をつけて明日以降も頑張りたいと思います。
2011年10月28日金曜日
今日のジョギング(10月27日)
<ルート>
自宅
(街路)
面影橋
(新目白通り)
高戸橋
(明治通り)
馬場口
(早稲田通り)
西早稲田
(グランド坂)
都電早稲田駅前
(新目白通り、街路)
自宅
今日は軽めのジョギングでした。
距離的にも時間的にも十分に頑張れなかった気がするので、体調には注意しながらももっと頑張って走れるように努力していかなきゃと思います。
自宅
(街路)
面影橋
(新目白通り)
高戸橋
(明治通り)
馬場口
(早稲田通り)
西早稲田
(グランド坂)
都電早稲田駅前
(新目白通り、街路)
自宅
今日は軽めのジョギングでした。
距離的にも時間的にも十分に頑張れなかった気がするので、体調には注意しながらももっと頑張って走れるように努力していかなきゃと思います。
2011年10月27日木曜日
今日の授業(10月26日)
今日は3コマの授業を受けてきました。
1限目は必修英語の授業。
Readerを読んでEssayを書いて提出する課題が来週までなので、遅れずに仕上げるようにしたいと思います。
その後、お昼をはさんで4限目は、フランス語会話の授業。
今回もかなり教科書を進めました。
課題がいつもより少なかったですが、自分で復習をして、少しでも理解を深められるようにしたいと思います。
5限目は講義「ギリシャ・ローマの思想と文化」。
今週は美術史について扱った最後の授業でした。
美術史について自分でもう1度復習をして、知識の整理などを行なっておきたいと思います。
課題、予習や復習を大事に授業に取り組んでいくようにしなきゃと思います
頑張らなければ。。
1限目は必修英語の授業。
Readerを読んでEssayを書いて提出する課題が来週までなので、遅れずに仕上げるようにしたいと思います。
その後、お昼をはさんで4限目は、フランス語会話の授業。
今回もかなり教科書を進めました。
課題がいつもより少なかったですが、自分で復習をして、少しでも理解を深められるようにしたいと思います。
5限目は講義「ギリシャ・ローマの思想と文化」。
今週は美術史について扱った最後の授業でした。
美術史について自分でもう1度復習をして、知識の整理などを行なっておきたいと思います。
課題、予習や復習を大事に授業に取り組んでいくようにしなきゃと思います
頑張らなければ。。
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